歌物語「火星シリーズ」＜デジャー・ソリスに捧ぐ＞
歌物語「火星シリーズ」＜デジャー・ソリスに捧ぐ＞
△TOP
|
デジャー・ソリス(Dejah Thoris)とは絶世の美女にして火星はヘリウム帝国の皇女の名です。エドガー・ライス・バローズ(Edgar Rice Burroughs)の作になる「火星シリーズ」に登場する数多の美女の頂点に位置する彼女は、昭和４０年代に創元推理文庫版で日本に紹介され、当時多感な（と自分で言ってしまいますが）中学生だった私を虜にしました。この文庫版は現在残念ながら絶版状態にありますが、真剣に火星に行きたいと念じた幼い頃を思い出しつつ、彼女に、そして火星の冒険世界に歌を捧げたいと思います。 |
火星の大元帥ジョン・カーターと比類無き火星のプリンセス；デジャー・ソリスの愛娘、ターラの恋と冒険の物語。
第５巻「火星のチェス人間」より
幼なじみのジョール・カントスの態度が煮え切らないことにいらだっていたヘリウムの王女ターラは、舞踏会で紹介された異国ガソールの王ガハンの男らしい率直な態度に好感を持ちます。しかしガハンのその自信に満ちた愛の告白を聞いたとき、ターラはたまらない嫌悪を覚えるのでした。特にそのガハンの装具が宝石をちりばめた華美なものであればこそ。
とりどりの宝石に身を飾りたる浮かれ男の恋ぞ厭はし
おおユシア汝（な）が誠実の心こそわが生涯の宝とやせむ
心にもやもやを抱いたまま目覚めた舞踏会の翌日、ターラは親身になって案ずる侍女奴隷ユシアを出し抜いて単独飛行に向かいます。ところが、たまたま歴史にも例を見ないという大暴風に襲われた彼女は、愛用の飛行艇もろとも気の遠くなるような人跡未踏の地まで吹き飛ばされてしまったのでした。
孤立無援、火星のどことも分からない地に食料も武器もなく放り出されたターラ。しかし深窓育ちの王女ではあってもそこはバルスームの、それも勇猛をもって知られた大元帥の娘です。父の言葉『わたしはまだ生きている』を胸に、けなげに運命に立ち向かうのです。
まだ生きてゐるとふことを支へとし敢然と立つ未知の荒野に
暗闇の思索に優る快楽（けらく）なし幾万年を果てぬつぶやき
たどり着いた場所は頭だけの生物カルデーンが支配する魔境でした。カルデーンは頭から直接生えた触手で、首のない人間型生物ライコールを操縦し、あたかもひとつの人間のような姿で生活しているのです。彼らの理想はすべての感覚や欲求から解放され、深い穴蔵の中で永遠に思索に耽ること。しかし、愛も美も、そしてそもそも感情のないところにどんな理想があるというのでしょうか。
美を知らぬものらの中に捕はれていまこそ愛の真実を知れ
愛の前にいかで嵐を恐るべきいざ吹き抜けよわが胸をこそ
一方ガソールの王ガハンもまた暴風の中にいました。愛するターラを救わんと出立した彼もまた、乗っていた空中巡洋艦もろとも嵐に吹き飛ばされてしまったのです。しかし何という偶然でしょう。巡洋艦の甲板から転落したガハンが降り立ったところこそ、ターラが捕らわれていたカルデーンの国なのでした。
きわどい戦いの結果ターラを救い出したガハンは、自ら放浪の戦士トゥランを名乗り、ターラに仕えます。ターラはあの舞踏会の伊達男ガハンが、目の前の質素な身なりの戦士であることに気づかないのです。ガハンはそれを奇貨として、自らの行動によってターラの愛を勝ち得ようと誓うのでした。
わが王女を守ることこそ望みにていまは一介の戦士とならむ
＜『火星のチェス人間』篇 つづく＞
