対訳「火星シリーズ」名文句・決め台詞

第９巻「火星の合成人間」より

【モルバスへ向かうラザール号の艦上でのジャナイとトル・ダル・バル（ヴォル・ダー）との会話】

『彼女はわたしを穴のあくほどみつめた。
「トル・ダル・バル、もしヴォル・ダーのからだが二度ととりもどせなかったら、それはあなたにはどういうことを意味するの？」
「一人の友人を失うことになります」
「そうなったら、ヘリウムに来て暮らす？」
「生きていたいかどうか、自分にはわかりません」
「どうして？」
「わたしのような醜い化け物には、この世で住む場所などありませんよ」
「そんなこといわないで、トル・ダル・バル」彼女はやさしくいった。「あなたは醜くなんかないわ。善良な心を持っているんですもの。初め、あなたを知る前にはね、あなたのことを醜いと思ったわ。でも今は、あなたの気質の美しさと高潔さしか見えないわ」』
（「火星の合成人間」創元版Ｐ．２８７〜２８８。厚木淳訳）

She looked at me very closely. "What will it mean to you, Tor-dur-bar, if Vol Daj's body is never recovered?"
"I shall have lost a friend," I said.
"And you will come to Helium to live?"
"I do not know that I shall care to live," I said.
"Why?" she demanded.
"Because there is no place in the world for such a hideous monster as I."
"Do not say that, Tor-dur-bar," she said, kindly. "You are not hideous, because you have a good heart. At first, before I knew you, I thought that you were hideous; but now, my friend, I see only the beauty and nobility of your character."

【満艦に灯をともし、ファンダルからトゥーノル大湿原の上空を行くヘリウム艦隊の威風堂々】

『その夜、艦隊はトゥーノル大湿原の荒地の上を飛行した。それは異様な妖しいまでの美しさを秘め、暗闇の中で神秘さを加えていた。水面には火星の希薄な大気を通して無数の星がきらめき、天空をよぎる二つの月は鏡のような沼に反射し、あるいは岩の多い小島に柔らかな光を投げて、島々は魅惑の島にと変貌している。時折蛮族のかがり火が見え、遠くのほうから野蛮な歌声や太鼓の音がかすかに耳についた。そしてその合間には、野性動物の絶叫やうなり声が聞こえてくる。』
（「火星の合成人間」創元版Ｐ．２９１。厚木淳訳）

The Desolate Wastes of the Great Toonolian Marshes over which we passed that night took on a strange, weird beauty and added mystery un the darkness. Their waters reflected the myriad stars which the thin air of Mars reveals; and the passing moons were reflected back from the still lagoons or touched the rocky islets with a soft radiance that transformed them into isles of enchantment. Occasionally, we saw the campfires of savages, and faintly to our ears rose the chanting of barbaric songs and the booming of drums muffled by distance; all punctuated by the scream or bellow of some savage thing.

【大団円の場。かき抱こうとするヴォル・ダーにジャナイがいった言葉とは】

『彼女の顔はとたんにほころんで、白い歯が輝いた。
「じゃあ、わたくしがさっき止めたとき、あなたはなんていおうとしていたの？」
「きみを愛しているとね。きみがわたしの愛に応えてくれる望みがあるかどうか、たずねようとしていたのだよ」
「わたくしは、ヴォル・ダーのことはほとんど知らないわ。わたくしが愛を知ったのはトル・ダル・バルなの。でも今、本当のことがわかったわ。前々から推測していたことが、あたっていることがわかったのよ。そして、あなたがわたくしのために進んでしてくださった犠牲的行為がわかったの」彼女は近寄ると、その愛らしい腕をわたしの首にまきつけた。そして初めて、わたしは愛する女性の唇に触れたのである。』
（「火星の合成人間」創元版Ｐ．３０２。厚木淳訳）

Her white teeth flashed in a sudden smile. "Now what were you going to say to me when I stopped you?"
"I was going to tell you that I loved you," I replied, "and ask you if there was any hope that you might return my love."
"I scarcely knew Vor Daj," she said; "it was Tor-dur-bar that I learned to love; but now I know the truth that for some time I have guessed, and I realize the sacrifice that you were willing to make for me." She came and put her dear arms about my neck, and for the first time I felt the lips of the woman I loved on mine.

【ラストシーン。人間のアイデンティティとは何か、なんてことを考えさせられる場面です】

『「わたくしが知りたかったのはそれだけよ。なぜなら、わたくしが愛を知ったトル・ダル・バルに、あの気質と気高さを与えているのは頭脳だからよ。だからねえ、ヴォル・ダー、あなたの頭脳がもともと誰のものであろうとかまわないの。話したくなかったら、決してきかないわ。でもね、それは、もともとあなた自身のもので、わたくしをエイマッドからいっそうよく守るために、トル・ダル・バルの頭に移植させたのではないかという気がするのよ」
「わたし自身の頭脳だよ」
「だったということでしょう」彼女は笑った。「だって、今ではわたくしのものですもの」』
（「火星の合成人間」創元版Ｐ．３０３〜３０４。厚木淳訳）

"That was all that I wanted to know, for it was the brain that gave the character and fineness to Tor-dur-bar that I learned to love; and I do not care, Vor Daj, whose brain it was originally. If you do not care to tell me, I shall never ask; but I suspect that it was your own and that you had it transferred to the head of Tor-dur-bar so that you might better protect me from Ay-mad."
"It is my own brain," I said.
"Was, you mean," she laughed; "it is mine now."

• 特段名場面といえるものは無いように思えるのですが、一つあげるとしたら、二番目に引用した大湿原の夜の描写でしょう。武部さんも口絵に描いています。なんとなくターザンを思わせる光景ではありますが・・・。
• あとはひとまず冒険を終えてからのヒーロー＆ヒロインの会話から。ラストシーンの「だからねえ」なんてなんともいいですねえ（原文では”ａｎｄ”だけ）。この最後のジャナイの言葉は第５巻末尾のターラの言葉に共通するものがありますね。バローズさんって結構カカア天下的な関係がお好みだったのかも。
• 主人公のヴォル・ダーの綴りは”Ｖｏｒ　Ｄａｊ”。この最後の”ｊ”は発音しなくていいのかしらん。講談社版では「ボル・ダジ」ですが、これじゃ確かにカッコ悪い。ところで、第５巻に登場するマナトールの都市に”Ｍａｎａｔａｊ”というのがあるのはご存じのとおりですが、小西訳ではこれは「マナタージ」と訳され、のち、整合性を取るためか、厚木訳では「マナータ」とされました。厚木さん、芸が細かい！
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