対訳「火星シリーズ」名文句・決め台詞

第５巻「火星のチェス人間」より

【オ・タールの玉座の広間より脱出の後、イ・ゴス（アイ・ゴス）の穴蔵での初キスのシーン】

『だが、それはほんの一瞬のことだった。ターラは牝獅子のように彼におそいかかり、なぐりつけ、つきとばした。頭をつんとそらせ、目を火のようにきらめかしながら、後にさがった。
「なにをするの？」と叫んだ。「おまえは、あえてヘリウムの王女をそのように侮辱するつもりですか？」
彼の目は正面から彼女の目をみつめた。だが、男の目には恥じらいも、悔恨の色も見えない。
「そうです。わたしはあえてそうします。わたしはヘリウムのターラをあえて愛します。ですが、あなたをも、またほかのいかなる女性をも、その女性に対する愛情以外に不純な動機にうながされた接吻で侮辱するようなことはいたしません」さらにターラに歩みよって、両手を彼女の両肩においた。「わたしの目をごらんなさい、大元帥のご息女。そして、放浪の戦士（パンサン）トゥランの愛を受ける気はないといってください」
「わたくしはおまえの愛を受ける気はありません」彼女は身を引いて、叫んだ。「おまえが嫌いです！」そして身をひるがえし、頭を両腕にうずめてすすり泣いた。』（「火星のチェス人間」創元版Ｐ．２５７〜２５８。小西宏訳。（）内はルビ）

『だが、それはほんの一瞬のことだった。ターラは牝虎のように彼に襲いかかり、なぐりつけ、突き飛ばした。頭をつんとそらせ、目を火のようにきらめかせながら一歩さがった。
「なにをするの？」と叫んだ。「おまえは、不遜にもヘリウムの王女を侮辱するつもりですか？」
彼の目は正面から彼女の目を見つめた。だが、男の目には恥じらいも、悔恨の色も見えない。
「そうです。わたしは不遜にもそうします。わたしは身のほども知らずにヘリウムのターラを愛しています。ですが、あなたをも、またほかのいかなる女性をも、その女性に対する愛情以外の不純な動機にうながされた接吻で侮辱するようなことはいたしません」さらにターラに歩みよって、両手を彼女の両肩に置いた。「わたしの目をごらんなさい、大元帥のご息女。そして、放浪の戦士（パンサン）トゥランの愛を受ける気はないといってください」
「おまえの愛など受ける気はありません」彼女は身を引いて叫んだ。「おまえなんか大嫌い！」そして身をひるがえし、頭を両腕に埋めてすすり泣いた。』（「火星のチェス人間」創元合本版Ｐ．４２５〜４２６。厚木淳訳。（）内はルビ）

But only for an instant. Like a tigress the girl turned upon him, striking him, and thrusting him away. She stepped back, her head high and her eyes flashing fire. "You would dare?" she cried. "You would dare thus defile a princess of Helium?"
His eyes met hers squarely and there was no shame and no remorse in them.
"Yes, I would dare," he said. "I would dare love Tara of Helium; but I would not dare defile her or any woman with kisses that were not prompted by love of her alone." He stepped closer to her and laid his hands upon her shoulders. "Look into my eyes, daughter of The Warlord," he said, "and tell me that you do not wish the love of Turan, the panthan."
"I do not wish your love," she cried, pulling away. "I hate you!" and then turning away she bent her head into the hollow of her arm, and wept.

【そしてついに残虐皇帝オ・マイの部屋で愛を確かめあうふたり】

『「おお、ヘリウムのターラ」彼は叫んだ。「あなたは、この身を木石とお考えですか？」彼は片腕を彼女の肩にまわし、従順なからだを引きよせた。
「祖先の霊よ、わたくしの心の弱さをお許しください」彼女はそう叫ぶと、腕を彼の首にまわし、熱くあえぐくちびるを彼のくちびるに近づけた。長いこと、ふたりはかたく抱きあって、はじめての愛の接吻を交わしていたが、やがて、彼女は静かに彼を押しやった。
「あなたを愛しているわ、トゥラン」彼女は半ば、すすり泣くようにいった。「とても愛しているわ！ジョール・カントスに、このような罪をおかしたことに対するわたくしのみじめないいわけは、それしかありません。いまわたくしは自分が彼を愛したことがないのを知りました。彼も愛の意味を知らなかったのです。もしあなたが言葉どおりわたくしを愛しているならば、トゥラン、あなたの愛はわたくしを、よりいっそう大きな不名誉から守ってくれるにちがいありません。なぜならわたくしは、あなたの腕の中に抱かれると、粘土のように抵抗できなくなってしまうのですから」』（「火星のチェス人間」創元版Ｐ．３２３〜３２４。小西宏訳）

『「おお、ヘリウムのターラ」彼は叫んだ。「あなたは、この身を情熱とは無縁の男とお考えですか？」彼は片腕を彼女の肩にまわし、従順なからだを引きよせた。
「ご先祖さまの霊よ、わたくしの心の弱さをお許しください」
彼女はそう叫ぶと腕を彼の首にまわし、熱くあえぐ唇を彼の唇に近づけた。長いこと、ふたりはかたく抱きあって、初めての愛の口づけを交わしていたが、やがて、彼女はそっと男を押しやった。
「あなたを愛しているわ、トゥラン」彼女は、すすり泣くようにいった。「とても愛しているわ！ジョール・カントスに、このような罪を犯したわたくしのみじめな言い訳は、それしかありません。いまわたくしは、自分があのひとを愛したことがないのを知りました。彼にしても、愛の意味を知らなかったのです。もし、あなたが言葉どおりわたくしを愛しているならば、トゥラン、あなたの愛はわたくしを、よりいっそう大きな不名誉から守ってくれるにちがいありません。なぜならわたくしは、あなたの腕の中に抱かれると、粘土のように抵抗できなくなってしまうのですから」』（「火星のチェス人間」創元合本版Ｐ．４８５。厚木淳訳）

"O, Tara of Helium," he cried. "Think you that I am a man of stone?" One arm slipped about her shoulders and drew the yielding body toward him.
"May my first ancestor forgive me my weakness," she cried, as her arms stole about his neck and she raised her panting lips to his. For long they clung there in love's first kiss and then she pushed him away, gently. "I love you,Turan," she half sobbed; "I love you so! It is my only poor excuse for having done this wrong to Djor Kantos, whom now I know I never loved, who knew not the meaning of love. And if you love me as you say, Turan, your love must protect me from greater dishonor, for I am but as clay in your hands."

【単身後宮の塔に忍んだトゥランと、ターラの束の間のキス】

『「一度だけキスしてください。わたしが去る前に。わたしの王女よ」するとヘリウムの王女、デジャー・ソリスとバルスーム大元帥との誇り高き娘はささやいた。「わたくしの大事なかた！」そして、彼女は自分のくちびるを一介の放浪の戦士（パンサン）トゥランのくちびるに押しつけた。』（「火星のチェス人間」創元版Ｐ．３６６。小西宏訳。（）内はルビ）

『「わたしが去る前に、一度だけ口づけしてください。わたしの王女様」
するとヘリウムの王女、デジャー・ソリスとバルスーム大元帥との誇り高き娘はささやいた。「わたくしの族長様！」そして、彼女は自分の唇を一介の放浪の戦士（パンサン）トゥランの唇に押しつけたのだった。』（「火星のチェス人間」創元合本版Ｐ．５２４。厚木淳訳。（）内はルビ）

"One kiss," he said, "before I go, my princess," and the proud daughter of Dejah Thoris, Princess of Helium, and The Warlord of Barsoom whispered: "My chieftain!" and pressed her lips to the lips of Turan, the common panthan.

【大団円。トゥランはなんとガソールの王ガハンその人であった！】

『一瞬、ヘリウムのターラは、びっくりした様子だったが、すぐに美しい肩をすくめ頭をむけると、肩ごしにガソールのガハンを見やった。
「王（ジェド）でしょうと放浪の戦士（パンサン）でしょうと」と彼女はいった。「わたくしの奴隷だったことになんのちがいがあるものですか？」そういって、いたずらっぽく、恋人の笑顔に笑いかけた。」（「火星のチェス人間」創元版Ｐ．３８４〜３８５。小西宏訳。（）内はルビ）

『一瞬、ヘリウムのターラは、仰天したようすだったが、すぐに美しい肩をすくめてふりむくと、肩越しにガソールのガハンを見やった。
「王（ジェド）であろうと、放浪の戦士（パンサン）であろうと」彼女はいった。「わたくしの奴隷だったことに、なんのちがいがあるものですか？」そういって、いたずらっぽく恋人の笑顔に笑いかけた。」（「火星のチェス人間」創元合本版Ｐ．５４０。厚木淳訳。（）内はルビ）

For just a moment Tara of Helium looked her surprise; and then she shrugged her beautiful shoulders as she turned her head to cast her eyes over one of them at Gahan of Gathol.
"Jed or panthan," she said; "what difference does it make what one's slave has been?" and she laughed roguishly into the smiling face of her lover.

• 第５巻からトゥランことガソールのガハンとヘリウムのターラのラブシーンを４つ。第４巻とおなじく男女２人の恋の冒険行であり、三角関係は生じません（悪役は除く！）ので組み合わせは全部同じと言うことになります。
• 第５巻は小西訳と厚木訳の差が比較的大きいように思います。マナトール人の人名（ｅｘ．アイ・ゴス→イ・ゴス、イー・メッド→エ・メド）や地名（ｅｘ．マナタージ→マナータ）が違うのが目立つせいだけでもなさそうです。
• おなじみの「わたしの王女さま」「わたくしの族長さま」の呼びかけですが、小西氏は、上の３番目場面や第４巻の対訳でご紹介した場面などに見られるように、意訳してしまう傾向があるようです。厚木氏は改訳の際、それを逐語的な形に直しました。これは火星シリーズの彩りであり味わいでもある部分ですから、私も厚木氏に賛成です。
• ただ訳語としては小西訳の優雅な言葉遣い＜わたくしの大事なかた・・・＞も捨てがたい。厚木訳は、「びっくり仰天」とか、私にはちょっとくだけすぎに思えます。
• 厚木訳を合本版のものに変えてみました(1999.10.23)。上の行で「びっくり仰天」と書いているのは最後のシーンのことですが、合本版では「仰天」のみになっています。
• 合本版の訳で不満を言えば、二番目に紹介しているシーンの冒頭、「この身を木石とお考えですか？」は残して欲しかったですね。原語も”ａ　ｍａｎ　ｏｆ　ｓｔｏｎｅ”なんだし。今の人には通じないと思われたのでしょうか。

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