対訳「火星シリーズ」名文句・決め台詞

第３巻「火星の大元帥カーター」より

【王者の中の王者サレンサス・オールの謁見の間にて。多勢の敵に圧倒されるジョン・カーターが聞いたデジャー・ソリスのことば】

『「サレンサス・オール、あのかたのような男の妻が、たとえ夫が千度、死のうとも、夫よりも劣る人間と結婚して、夫の思い出をはずかしめるようなまねをするとお思いですか？ヘリウムの王子ジョン・カーターと同じような男が、どこの世界におりましょう？ひとりの女への愛のために、凶暴な野獣や蛮族の群れをものともせず、好戦的な惑星を横断して、みずからの進む道を切りひらくことのできる男が、はたしてほかにおりましょうか？
「ヘリウムの王女デジャー・ソリスは彼のものです。あのかたはわたくしのために戦い、そしてわたくしを勝ちとったのです。もしあなかたが勇敢な男性ならば、彼の勇気に敬意を表し、殺したりはしないでしょう。なんなら彼を奴隷になさるがよい、サレンサス・オール、しかし命はお助けください。わたくしはオカールの王妃となるよりは、彼とともに奴隷になったほうがましです」』（「火星の大元帥カーター」創元版Ｐ．１８１。小西宏訳）

『「サレンサス・オール、あのような立派な男の妻が、たとえ夫が千度死のうとも、夫よりも劣る男と結婚して立派な夫の記憶をけがすようなまねをすると思いますか。どこの世界を捜しても、ヘリウムの王子ジョン・カーターのような男が二人といるものですか。愛する一人の女のために、狂暴な野獣や野蛮人の群れをものともせず、戦いに明け暮れる遊星上を縦横無尽に駆けめぐって活路を切り開いてゆくことができる男が二人といるものですか。
「わたしは、ヘリウムの王女デジャー・ソリスは、あのかたのものです。あのかたはわたしのために戦って、わたしを勝ちとったのです。もしあなかたが勇気のあるかたならば、あのかたの勇気に敬意をはらって、殺したりはなさらないでしょう。サレンサス・オール、もしお望みなら、あのかたを奴隷になさってもいい、しかし、命は助けてください。わたしはオカールの妃となるよりは、あのかたとともに奴隷になったほうがましなのです」』（「火星の大元帥カーター」角川版Ｐ．１７１〜１７２。小笠原豊樹訳）

"Think you, Salensus OlI, that the wife of such as he is," she cried, "would ever dishonor his memory, were he a thousand times dead, by mating with a lesser mortal? Lives there upon any world such another as John Carter, Prince of Helium? Lives there another man who could fight his way back and forth across a warlike planet, facing savage beasts and hordes of savage men, for the love of a woman?
"I, Dejah Thoris, Princess oh Helium, am his. He fought for me and won me. If you be a brave man you will honor the bravery that is his, and you will not kill him. Make him a slave if you will, Salensus Oll; but spare his life. I would rather be a slave with such as he than be Queen of Okar."

【ファイドールの最後の愛の告白】

『「でも、もう一つ方法があるの。それに、たとえホーリー・サーンの教皇の娘ファイドールが罪を犯していたとしても、きょう、すでにその一部分はつぐなったわ。そしてわたくしの言葉が偽りでないことを、またデジャー・ソリスに対しても抱いている新しい愛情の告白をあなたに信じていただくためにも、残された唯一の方法で自分の誠意を示しましょう−あなたによけいな気がねを抱かせぬよう、このファイドールは、あのひとの腕にあなたをゆだねてゆくわ」
その最後の言葉とともに彼女は身をひるがえし、飛行艇のデッキから下の奈落めがけてとびおりた。』（「火星の大元帥カーター」創元版Ｐ．２４７。小西宏訳）

『「でも、もう一つ方法があるの。それに、たとえホーリー・サーンの教皇の娘ファイドールが罪を犯していたとしても、きょう、すでにその一部分は償ったわ。そしてわたくしの言葉が偽りでないことを、またデジャー・ソリスに対しても抱いている新しい愛情の告白をあなたに信じていただくためにも、残された唯一の方法で自分の誠意を示しましょう−あなたを助けたこのファイドールは、あのひとの腕にあなたをゆだねてゆくわ」
その最後の言葉とともに彼女は身をひるがえし、飛行艇の甲板から下の奈落めがけて飛びおりた。』（「火星の大元帥カーター」創元合本版Ｐ．７９５。厚木淳訳）

『「でも、償いの方法はほかにもあるわ。ホーリーサーンのホーリー・ヘッカドールの娘のファイドールが罪を犯してきたとしても、そのいくぶんかは、きょうすでに償ったはずです。そしてわたしの言葉が偽りでないということ、デジャー・ソリスをも愛する新しい愛にめざめたという告白が真実であることを信じていただけるように、たった一つ残されている方法で誠意を見せます−ファイドールは別のひとのためにあなたを救ったのだから、そのひとの胸にあなたを残して行くのよ」
その最後の言葉を口にするやいなや、彼女は身をひるがえし、眼下の深淵めがけて甲板から飛びおりた。』（「火星の大元帥カーター」角川版Ｐ．２３５。小笠原豊樹訳）

"But there is another way, and if Phaidor, daughter of the Holy Hekkador of the Holy Therns, has sinned she has this day already made partial reparation, and lest you doubt the sincerity of her protestations and her avowal of a new love that embraces Dejah Thoris also, she will prove her sincerity in the only way that lies open - having saved you for another, Phaidor leaves you to her embraces."
With her last word she turned and leaped from the vessel's deck into the abyss below.

【カダブラの宮殿の万帝園の夜】

『ふたりの足もとにはウーラがついている。そして紫の花の木陰にある、えもいわれぬほど美しい彫刻をほどこした腰掛けの上には、われわれに先行したふたりの人影があった−プタースのスビア姫とヘリウムのカーソリスである。
美少年の端麗な頭は、その連れの美しい顔の上に低く傾いている。わたしは微笑して、デジャー・ソリスを眺め、自分のほうにひき寄せながらささやいた。
「かまわないじゃないか？」
まったくだ。いっこうに、かまわないではないか？永遠の若さを誇るこの世界では、年齢の差がいったいなんだというのだ？』（「火星の大元帥カーター」創元版Ｐ．２５６。小西宏訳）

『ふたりの足もとにはウーラがついている。そして紫の花の木陰にある、えもいわれぬほど美しい彫刻をほどこした腰掛けの上には、われわれに先行したふたりの人影があった−タースのサビア姫とヘリウムのカーソリスである。
美青年の端麗な頭は、その連れの美しい顔の上に低く傾いている。わたしは微笑して、デジャー・ソリスを眺め、自分のほうに引き寄せながらささやいた。
「かまわないじゃないか？」
まったくだ。いっこうにかまわないではないか？永遠の若さを誇るこの世界では、年齢の差がいったいなんだというのだ？』（「火星の大元帥カーター」創元合本版Ｐ．８０３。厚木淳訳）

『二人のすぐあとからウーラがついてきた。紫色の花が咲いている木陰の、すばらしく美しい彫刻のほどこされたベンチに、私たちより先に来ていた二つの人影が見えた−プタースのサビアとヘリウムのカーソリスだ。
美しい若者の頬は、その相手の美しい頬にぴったり寄せられていた。私はデジャー・ソリスを見つめて微笑した。そして彼女を引き寄せながらささやいた。
「かまわないさ」
ほんとうに、かまわないではないか。この永遠の青春の世界で、年齢の差はまったく問題にならないのだから。』（「火星の大元帥カーター」角川版Ｐ．２４４〜２４５。小笠原豊樹訳）

At our heels walked Woola, and upon a carved seat of wondrous beauty beneath a bower of purple blooms we saw two who had preceded us - Thuvia of Ptarth and Carthoris of Helium.
The handsome head of the handsome youth was bent low above the beautiful face of his companion. I looked at Dejah Thoris, smiling, and as I drew her close to me I whispered: "Why not?"
Indeed, why not? What matter ages in this world of perpetual youth?

【大団円。ジョン・カーター、火星の大元帥となる、の場】

『「裁判官たちは唯一の評決にしか達することができなかった」と彼はいった。「ジョン・カーターは、もはやヘリウムの王子ではない」そこでひと息ついた。「しかしその代わりに、彼を王者の中の王者、火星の大元帥にすべきであると！」』（「火星の大元帥カーター」創元版Ｐ．２６２。小西宏訳）

『「裁判官諸君」とタルス・タルカスは言った。「評決はただ一つしかありえない。ジョン・カーターはもはやヘリウムの王子にはしておけない」彼はちょっと間をおいた。「だが、そのかわりに、彼を皇帝の中の皇帝、火星の大元帥にしようではないか！」』（「火星の大元帥カーター」角川版Ｐ．２４９。小笠原豊樹訳）

"Judges," he said, "there can be but one verdict. No longer may John Carter be Prince of Helium" - he paused - "but instead let him be Jeddak of Jeddaks, Warlord of Barsoom!"

（中略）

『「世界最高の美女に、その夫の名誉をともに受けさせるとしよう」と皇帝はいった。
衆目の見つめる前で、わたしは妻をひきよせ、そのくちびるに熱いくちづけをしたのである。』（「火星の大元帥カーター」創元版Ｐ．２６３。小西宏訳）

『「バルスーム最高の美女に、その夫の名誉をわかち与えようではないか」と皇帝は言った。
一同の見まもる前で、私は妻を抱き寄せ、その唇に口づけをした。』（「火星の大元帥カーター」角川版Ｐ．２５０。小笠原豊樹訳）

"Let a world's most beautiful woman share the honor of her husband," he said.
Before them all I drew my wife close to me and kissed her upon the lips.

• 最初に引用するのはサレンサス・オールに訴えるデジャー・ソリスのことば。徒手空拳で奮闘したジョン・カーターが圧倒されるまでにこれを聞くわけですが、そんな状況でこの長台詞を聞き取れるものかどうか。一人称小説の弱点ですな。
• この台詞の中に「命はお助けください」という部分がありますが、急に哀願調になってしまうようでなんか気にくわない。原文では「spare his life」。サレンサス・オールの義侠心に訴えつつ、あくまで命令形なんです。「命は救わねばなりません」あたりが適切な訳ではないでしょうか。
• 二番目は改心して死ぬファイドール。最後の「あのひとの腕にあなたをゆだねてゆくわ」の前の部分に注目。小西訳と厚木訳が全然違うのですが、ここは角川版の小笠原訳が最も適切なように思います。「わたくしが助けたのは他の人（つまりデジャー・ソリス）のためなのだから、その人の抱擁にあなたをゆだねていくわ」ということですね。悪いけど小西さんも厚木さんもこの辺の機微が全くわかっていない。誰か他の人のために何かをしたことなどファイドールには一度も無かったのだろう、ということが下敷きにあると思います。「抱擁 embrace」を創元が「腕」と訳し、角川が「胸」としているのも興味深いところ。
• 三番目の庭園のシーン。小西訳と厚木訳はほとんど同じですが「プタースのスビア」→「タースのサビア」が書きたくて合本版厚木訳を持ってきました。他に「美少年」が「美青年」になっています。（厚木旧訳でも「美少年」でした。）
• 最後は大団円のシーン。サレンサス・オールの称号も「王者の中の王者」ですが、原文ではそれもやはり Jeddak of Jeddaks です。
• 口づけのシーン、「熱い」なんて言葉はどこにもないぞー。ですがまあここは意訳。角川版はちょっと締めの言葉としてはものたりないですよね。

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